全国の皆様、2025大阪万博誘致を応援してください!

 全国の皆様、2025大阪万博誘致を応援してください。5年に1回の大規模な「登録博覧会」に大阪が立候補しました。届出締め切りの522日までにはフランス(パリ)、ロシア(エカテリンブルク)、アゼルバイジャン(バクー)を含めて4都市間が立候補し、これから熾烈な誘致合戦をします。開催地はパリにあるBIE(Bureau International des Expositions,博覧会国際事務局)201811月に予定されている総会で、167国・地域の加盟国による11票の投票で決まります。

無題誘致ロゴマークのバッジ

(私の襟に付けています。大阪市工業会連合会の理事をしている関係でいただきました。)

 会場建設費の負担に関しては、西暦年数の最後が5の年はパビリオンを参加国で持つことができますが、西暦年数が10で割り切れる年は博覧会自身がパビリオンを建設すると決められています。それに2020東京オリンピックが終わって日本経済が落ち込むのを防ぐためにも、どうしても2025大阪万博は誘致したいわけです。

 大成功だった1970大阪万博は、1964東京オリンピックの6年後で、当時の日本経済はいざなぎ景気の真っ只中にあって高度経済成長の絶好調期でした。1970大阪万博の開催期間は183日、プロデューサーは丹下健三、テーマは「人類の進歩と調和」、77カ国と4国際機関が参加し、面積は330haと広大で、入場者数は6,421万人(当初目標3,000万人)に及びました。大阪市と万博会場周辺では道路・鉄道・住宅地など大規模開発が行われました。テーマ館のシンボル、太陽の塔を作った岡本太郎はじめ多くの芸術家も参加しました。

 当時何故にこれだけの人が千里丘陵に集まったのでしょうか。計画当初から大阪は勿論のこと、全国が熱気に包まれていました。大企業や企業グループがデザインを争ってパビリオンを建設し、外国政府も特色あるパビリオンと展示で興味を誘いました。戦後の焼け野原になった都市、産業も疲弊し、1億国民が貧乏になった日本が奇跡的な復興を遂げ、1968年に米国に次ぐ世界2位の経済大国になって2年後の1970大阪万博です。国民はこの繁栄が永久に続くと思い、翌年の1969720日にアポロ11号で月面着陸に成功した米国を追いかけようと思っていました。月面着陸の様子をテレビで見たときの興奮は今でも鮮明に覚えています。何時日本人も月に行けるかと真剣に考えたものです。

 万博を期待する人、EXPO会場に来る人には夢が必要なのです。2025大阪万博の誘致は国民にこれからの夢を与えることと、167BIE加盟国・地域にも夢を持ってもらうことが必要です。万博誘致のために政府も大阪府・市も関西広域連合も国民も、世界に共感を呼ぶこれからの夢について語り合い、その最大公約数をまとめあげることが大切でしょう。2025大阪万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」は悪くないと思います。現在は世界がその方向には進んでいません。日本が先導する意気込みを示すことが万博成功の鍵となるでしょう。

 2025大阪万博誘致については始動の遅れを感じざるを得ません。BIEは開催地選考で「地元の盛り上がり」と「資金調達」を重視すると云います。2025日本万国博覧会誘致委員会では2025EXPOの誘致にご賛同いただける方を「会員」として募集しています。大阪・関西に2度目の万博を【19702025を開いて「会員」になってください。参加自由、会費無料と書いてあります。多くの方に「会員」になっていただいて地元の盛り上がりを示しましょう。

 

 

 

(2017年9月13日 田村寛人)

 

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