神戸製鋼所、日産自動車などで起きたことはドラッカーが予言していた

 神戸製鋼所が子会社を含めて多くの製品の品質検査データを改竄(カイザン)していた問題が発覚して、日本の製造業の技術と製品に対する世界の信頼は地に落ちました。最近では日産自動車の無資格検査員による検査、東洋ゴム工業の免震ゴムの性能データの偽装(他にも断熱パネルや車両の防振ゴム等の不正行為)、タカタのエアバッグのインフレーターの破裂で死亡事故が起きた問題(タカタは2017年6月26日に民事再生法適用を申請)、三菱自動車の燃費データの改竄、旭化成の杭打ちデータの流用など、同様な出来事が続いて起こりました。なぜ日本の大企業で製品の品質管理の不正問題が続くのでしょうか。

 これを紐解くにはドラッカーが2000年に書いた”The Essential Drucker on Individuals”(日本語訳の書名は「プロフェッショナルの条件」)を読むことです。これには日本企業の「組織」の問題と「知識労働に従事する個人」の扱いの問題が関係してきます。

 ドラッカーは本書の組織論の中で工場の品質管理に関して次のように述べています。「オートメ工場もまた、製品専門家とでも呼ぶべき者を置かなければならないことを認識するに至っている。製品専門家は、地位は高いが部下は持たない。命令系統にも入っていない。彼らは、製品に品質上の問題が起こると、ただちに超ボス的なピンチヒッターの役割を果たす。」

 「超ボス的」と言うことは、現場に押さえが利き、工場トップや本社の営業・技術部門にもものが言えるということです。つまり「フィードバック」ができる立場の人を指しています。

 ドラッカーはまた本書の「自らをマネジメントする」ことの必要性について書いた中で、今や日本でも7割以上を占めるようになった知識労働に従事する個人について次のように述べています。「成果をあげ続け、成長と自己変革を続けるには、自らの啓発と配属に自らが責任をもつということがある。」「これはおそらく、かなり耳新しい助言と聞こえよう。しかしこれは、とりわけ日本のような国においては実行がむずかしい。企業にせよ、政府機関にせよ、日本の組織は、一人ひとりの人間を配属する責任や、彼らが必要とする経験や挑戦の機会を与える責任は、組織の側にあるという前提で運営されているからである。」

 戦後、メイド・イン・ジャパンは粗悪品の代名詞だった時代を経て、高度成長期に品質管理を米国から学び、必死になって技術を改良して日本製は高品質と言われるまでになったのです。その時代は企業も個人も日本を復興させる、生活レベルを欧米並みに高める、という目標に向かって邁進しましたから、品質検査データの改竄など起きることはありませんでした。

 21世紀になって、知識労働に従事する人が大半を占めるようになっても、日本の労務管理は基本的に変わってないと思います。売上と利益の目標、納期の厳守といった組織の重圧から不正行為に走るのであれば、製造ラインから独立した権限の強い品質管理組織と、知識や経験や挑戦の機会を自ら獲得する人間の育成が必要になってきます。このことは、先進国でも順位が低い日本の生産性向上にもつながります。安倍内閣の「働き方改革」の法案にも「日本のキャリアパスを変えていく」とか「高度プロフェッショナル制度の創設」などが含まれていますが、改革のスピードは遅すぎます。

 外国人の知識労働者を多く雇っている日本の会社は、組織も個人の扱いも欧米並みになっているのでしょう。しかし、グローバル企業と言われている日本の代表的な会社が旧態依然たる組織と自らをマネジメントできない社員をかかえ、次々と問題を起こしていることを見ると悲しくなります。ドラッカーは17年前にわざわざ日本を名指してこういう問題が起きることを予言していたのです。

 ドラッカーは大企業の経営者にとっても、中小企業の経営者にとっても、バイブルです。読まないと大きな損失を招きます。

 

(2017年10月28日 田村寛人)

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